ナルミ:第一話「異世界へようこそ!」

くぁーすぴー…くぁーすぴー…

とある家の一室で少女は気持ちよさそうに寝ていた。床に敷かれたマットレス、その上で大の字になって寝ている彼女の姿は実に健康的だ。タオルケットは足下に追いやられ、枕も横へはみ出ていたりと寝相の悪さがうかがえるが、この暑さでは仕方のないことだろう。連日続いた猛暑は夜になってもその気温が下がることはなく、本格的な夏を感じさせていた。
「んぅ・・・豆腐といったら湯豆腐でしょうがぁ・・・」
いったい何の夢を見ているのやら。

窓から降り注ぐ日差しが眩しくなってきた朝、つけっぱなしにしていたラジオから朝7時を告げる時報が始まり今朝のニュースが流れてきた。昨日、北の地方で起きた地震についての最新情報が流れ、被害状況や死傷者数などについて発表された。この地震は火山活動によるものらしく、今現在も震源地付近の山からはものすごい量の溶岩がバカみたいに吹き出し続けているそうだ。続いて、美術館に展示されていた有名な絵画が盗まれたというニュースが小さく報じられる。あとは泥沼政治の話や、スポーツの結果、天気予報でおしまい。 まぁ、いつも通りといった感じだ。

少女はまだ眠っている…あ、起きたかな?違った、寝返りしただけか。膝を曲げて横になっただけ。窓から差し込む日差しで寝苦しそうではあるが、それでも寝顔は何とも愛らしいなぁ。

続けてラジオでは朝の連続ラジオドラマがはじまるところであった。投稿ハガキによって今後のストーリー展開が変化するこのドラマは人気が高い。普通の学園恋愛話から始まったはずが、今は宇宙警察と銀河鉄道連盟との熱い戦いが繰り広げられていた。話の分岐はいつも劇的に変化する。途中から採用された設定や背景などが話の幅を広げるためだ。物語の本筋がもともと存在しないため、ストーリーはどこへでも向かうことが出来る。それでも話を進められるのは、投稿ハガキのレベルの高さとそれらを元にストーリーを組む番組脚本家の手腕が成せる業なのだろう。

 


孝太郎が駆けつけたときには、マイケルは血だらけになって倒れていた。
「おいっ、その手に持っている鍵は…マイケル!マイケル!くそっ、誰か小夜子の暴走を止めるんだ!」
叫ぶなり孝太郎は再び走り出す。相棒が残してくれた最後の"キー"を握りしめて。


 

このドラマ、『楽園狂想曲』は本としても出版されている。ストーリー展開が時折極端に変化するため、この物語を途中から聞いても全くついていけない。そんな中途参加リスナーがストーリーを追えるようにという配慮からの文庫出版であったが、今ではこちらも大人気。世の中何がヒットするか分からないものである。

 


 

クイロダ基地の地下にある、第三倉庫の前に佇む一人の陰。
「お兄ちゃんの意志は私が受け継ぐわ…」
そう言うと少女は開け放たれた倉庫の奥へと消えていった。そこにある、黒光りした石柱に導かれるように・・・

ジャジャン!
次回、楽園狂想曲 第174話 「エイミー覚醒!」に乞うご期待!

チャランララ〜ン♪ドンッ!
みんなのアイデアがストーリーを動かす!君も楽園狂想曲を奏でてみないか?ハガキがある限り終わることのない物語・・・
投稿はいつものアドレスまでどしどし送ってくれよな。ではまた来週〜、ほいなっ!


毎週毎週よくもまぁ続くものである。作る側は大変だろうに。とまぁ、ラジオドラマのことはこの辺にして、未だ寝ている少女へと目を移そう・・・っともう起きていましたか。

寝ていたときと変わらぬ姿で彼女は歯を磨いていた。白いシャツ一枚と、水色の横縞模様が入ったTショーツだけという薄い格好。付け加えると汗でシャツが体に張り付いており、いろいろな意味で危険だ。
ふと洗面台の鏡を見ると髪の毛が一部、横にポヨンとはねている。寝癖だ。
「あ…」
磨く手を止め、立っている髪の毛を手で押さえてみるが・・・元に戻る気配はなし。
「あえ…?」
少し鏡を見つめていたが気にすることなく再び歯を磨く。まだ半分寝ぼけている様子、目に力がない。

歯を磨き終わった後、そのままお風呂場へ。シャツをまくり上げて脱ぎ、ショーツを足から抜いて近くのかごへ入れる。そしてシャワーを浴び始めた。
かごの隣にある洗濯機には、作業着と思われる服が汚れたまま何着か放り込まれたままだ。

シャワーの音が響き渡り、お風呂場は徐々に湯気で満たされていった。

頭から全身にかけてシャワーを浴びるその姿は、大人と呼ぶにはまだ遠い少女の姿であった。年の頃なら十代半ばほどだろうか。背丈はそれほど高くなく、顔には少し幼さが残っている。シャワーの雫は頭や顔、首筋を流れ、わずかに膨らんでいるふたつの丘の間を通り過ぎて窪地へ向かってゆく。そして、秘めたる小さな丘陵を通りしなやかな足を伝って流れていった。首筋から背中まで続く流れるような髪が黒く艶やかに輝いている。
「んー気っ持ちいい〜♪」
腕を上げて軽く背伸びをし、その後ゆっくりと体を洗い始めた。白い肌が石鹸の泡で磨かれ美しく輝いている。

外は見渡す限りの青空が広がっており、家の中にいるのは勿体ないほどのいい天気。辺りはもの静かな空気が漂っていて、時間の経過を感じさせない。時折聞こえる鳥の声がとてもきれいに響いてくる。窓から見える塀の上では近所の野良猫が気持ちよさそうに昼寝をしていた。ほんとうにいい天気。この天気なら街は人で大いに賑わっているだろう。今日は年に一度の炎のお祭り、クトゥグァ祭なのだ。

調理に使う炎
暖をとるための炎
明かりとしての炎

動力を生み出す炎
戦争ための炎
人を弔うための炎

人類と他の生き物の境界線、それは炎を使うことができるかどうかということであろう。
文明や文化は炎によって発展し、人の知恵や技術、思想に至るまで大きく影響していった。クトゥグァ祭は、このような様々な場面でお世話になっている炎に感謝する祭りとされている。祭りの名前にあるクトゥグァとは、この世界で炎の神として伝えられているものだ。が、元々クトゥグァとは遠い遠い遙か昔の旧時代、戦によってこの星を文字通り火の玉にした張本人の名前だったりするのだから長すぎる年月とは恐ろしいものである。ちなみに現在では炎に変わり電気エネルギーが使われることがほとんどであり、炎は主役の座から降りている。

時を経るにつれて過去の真実は姿を隠し、今現在この祭りは『思いっきりみんなで騒げる日』として一般的に認知されていた。みんなでワイワイ飲んで、食って、踊って、いやっほ〜!生きているって素晴らしいー!といった感じ。炎を祭ることで人間が本来持っている色が解放されるのだろう。たとえ記憶や記録に残らない過去の出来事でも、人間の芯にはしっかりと刻まれているものだ。現在の命を実感し、感謝してみんなで祝うお祭り。なるほど人の歴史とはうまくできている。

約一週間も続くこのお祭り騒ぎは、今日で三日目を迎えていた。

少女が今居るこの家は街から少し離れた郊外にある。そしてこの辺に住んでいる人たちはほとんど祭りのために街に出かけているだろう。でも少女は家にいる。家、と言っても一般的な一戸建て住宅とは作りが違う。親が学者をしていたという環境がら、仕事のために自宅は研究所を兼ねた造りになっていた。そのため居住スペースはあまり広くはない。家族みんなで住んでいたころはとても狭く感じたものだったが、ここで一人暮らしをしている今はそうでもない。

「あ〜さっぱりさっぱり♪」
シャワーを浴び終わり、タオルでしっかり水気を取っていく。髪の毛から念入りに拭いていき徐々に下の方へ。屈みながらふくらはぎへと順に拭いて一通りおしまい。最後に額の汗をぬぐってからタオルを胸の辺りで軽く巻き、髪を乾かし始める。少し長めの髪を乾かすのには多少時間がかかってしまった。

濡れたタオルが体に張り付くことを不快に思ったのか、体に巻いていたタオルはさっさと外して洗濯機の隣にあるかごへと投げ入れる。そのままの一糸まとわぬ姿で寝ていた部屋まで戻っていく。周りに誰もいないから気にする必要がないのだろう。でも窓のカーテンは開いたまま。大きな窓からは広い青空がよく見える。もちろん外からも家の中がよく見えるはず。それでもやはり気にする様子はない・・・わけではなかったようだ。腕で胸を隠しつつ窓に向かって一直線、走り込んでカーテンをピシッと閉めてたのだった。
「やばっ、大丈夫かな?」
カーテンの隙間からチラチラと外をのぞきながらホッと一息。外に人の気配がないことを確認すると部屋の隅にあるバックへと向かっていく。そして彼女はバッグの中から下着を取り出し着替えを始めた。
まず、脱いだ下着とは色違いのピンクのラインが横に入ったTショーツ。これにはアクセントとしてフロントに小さな赤いリボンが付いている。続けてブラジャーを着けていく。ショーツと同色系の淡いピンク色をしたこのブラジャーは、多少胸元をよせるように作られていた。しかし彼女の控えめな胸ではその効果もあるのかないのか・・・
次は黒地の靴下、猫のマーク入り。あとはデニム地の短パンを履き、胸元に模様の入った青いTシャツに袖を通す。最後に髪を後ろで軽く結っておしまい。いつものポニーテール姿だ。
「よし、ばっちり。」
着替えの入っていたバックはチャックを閉めて再び部屋の隅へと置いておく。そしてその隣にある、別のバックを右肩に背負い研究室へと向かっていった。

部屋の中は薄暗く、多種多様な機材で埋め尽くされていた。数多くのビーカーやフラスコが机の上に並べられ、中の液体からは湯気が立ち上っている。それらにはチューブが繋がれており、いくつかの装置を経由して部屋の中心へと延びていた。壁際には三台ほどのコンピュータがあり、ディスプレイ上ではグラフや数字が上下を繰り返す。それらのコンピュータに繋がれている数本のケーブルも部屋の中心へと延びていた。

部屋の中心、そこには一台のスポーツバイクがあった。漆黒の車体に赤のラインが栄えている。何本かのチューブやケーブルがこのバイクへ接続されていた。
「なんとかできあがったかな。よしよし。」
バイクの側面を軽くポンポンと叩いて自分の作品を確認する少女。日夜ここで作業を続け、先日完成したばかりのこのバイク。一から作ったわけではないが、既存のバイクに様々な改造を施している。バイクの形は美しい流線型をしている一般的なスポーツタイプだ。しかしよく見ると車体の中心部分に半透明の何かが配置されている。そして後部の両脇には長い突起物が二本出ていた。現在主流のスポーツバイクにはこのようなパーツは付いていない。

「やっとお兄ちゃんを探しに行けるかな・・・」
バイクのすぐ隣にある机の上には写真立てが置いてあり、自宅をバックに両親と兄、そして彼女の家族四人が写っている。写真の中の彼女が小学生ほどの背丈しかないことから大分前の写真であることが分かる。まぁ、今でも背は低い方であるが。
「ま、こいつが使えないと始まらないんだけどね。」
そう言うと彼女はバイクに繋がっている多種多様なものを順番に外し始めた。
「えぇっと、これがこれでしょ。だからあっちを・・・」
やや複雑なために少々手こずっているようだ。

「よしと。後は…もうないな。それではさっそくやっちゃいますか!」
そう言うと彼女は上を見上げ、バックから取り出したクナイを天井へと抜き放つ。

ズッ

クナイはちょうどバイクの真上に当たる天井へと突き刺さると、その場所を中心として大きな魔法陣が表れた。まもなく魔法陣が淡く光り始め、光がバイクへと降り注がれる。それを確認すると、彼女は写真立ての近くに置いてあったビーカーを手に取り、おもいっきり振りかぶった。
「そぉ〜れっ!」
中に入っていた液体をバイクにぶっかける。無色透明の液体が車体全体に激しく打ちつけられると、直後にバイクを中心として風が渦巻き出した。
「くっ・・・」
あまりの風の強さにに彼女は思わず顔を背けてしまった。
次第に風はバイクを中心にして収束していき、小さな竜巻となって天井へとその渦をぶつける。渦が魔法陣の中心に届いたとき変化が起きた。魔法陣より降り注がれていた光は激しい閃光へと変わり、薄暗かった部屋の中を眩しいほどの光が包み込む。そして竜巻を起こしている風と光の束がものすごい勢いでバイクの中央一点へ、半透明の機関へと集まっていく。

数秒後、激しい風と光の奔流は何事もなかったかのように収まり元の薄暗い部屋に戻っていた。周りを見ると吹き荒れた風によってひどく散らかっている。書類やゴミが散乱し写真立ても倒れてはいたが、機材器具等は位置が多少ずれた程度だ。天井の魔法陣はいつの間にか消えており、ただクナイが刺さっているのみ。よく見るとクナイの持ち手部分には細い紐が付いており、その先は彼女の手の中にあった。
「んっ!」
彼女は紐をくっと引っ張りクナイを回収、バックに納める。バックの中には同じようなクナイと紐のセットがいくつか見える。それぞれ色も違うようだ。

写真立てを元に位置に戻し、バックを背負ってからバイクを確認する。バイク中央部にある半透明な装置、その核たる部分には光が淡く揺らぎ輝いていた。
「よしよし、注入完了!ここまでは順調ね。」
バイクにまたがりスイッチオン。するとボディ側面より突き出ていた補助輪のようなスタンドがバイクに収納され、計器類に光が灯り始める。

ウゥーン パッパッパッ

「起動確認っ。」
そう言うと両手でしっかりとハンドルを握る。
『マスター登録をしてください。』
バイクが言葉を発した。この世界ではこのようなシステムが入っているバイクはないはずだが。
「ナルミよ。ナ・ル・ミ。覚えた?」
ハンドル中央に向かって話しかける。
『認証確認。ナルミ。』
「おーけー。私がナルミよ。」
『マスターナルミ、私を確定してください。』
「それじゃーねー、・・・これだ!あなたの名前は烈風閃華ですっ。」
ナルミは先ほどの風と光のイメージからそう名付けた。
『仮定状態より移行します。我は烈風閃華、マスターをナルミとしてこの情報を確定とす・・・』
「固い!そういった主従関係じゃなくってさ、パートナーでいいじゃない、パートナー。これから長い付き合いになる相棒なんだしさっ。」
ナルミはにっこり微笑みながらバイクに向かって話しかける。
『・・・』
「だからぁ、私のことはナルミでいいの。そしてあなたは烈風閃華、私の大切な相棒よ。」
『・・・了解。我は烈風閃華、ナルミのパートナーである。』
「よろしくね。」
バイクと会話が成り立っているだけでも十分に異様なのだが、ナルミが普通に話しかけているところから考えるとこれはこれが普通なのだろう。

「それじゃ、行きますか!オープンザ、ゲ〜ト!」
言葉に反応してバイクの前方にある研究室の壁が徐々に左右へ開口していく。そこからは新鮮な風が吹き込み、薄暗かった室内には光が差し込んできた。
ナルミは背中のバッグの中身を軽く確認するとしっかり背中に背負い直しアクセルをひねる。
「レッツ、ゴ〜!」
バイクはほとんど音も立てずに研究室から外へと出て行く。ハンドル中央に搭載されているモニターには研究室の扉が閉まっていくところが映っていた。

ウィ〜〜ン

バイクは路地をゆっくり走ってゆく。通常走行にはベースとなったバイクと同様、電気駆動を用いているため非常に静かなものだ。付け加えると夜に走ってもご近所さんに迷惑をかけないのでなお良し。ふと横に目を移すと、塀の上で猫が昼寝をしているのが見えた。これほどのいい天気だ、昼寝もさぞ気持ちがいいだろう。

路地から路地へと走り続け、大きな通りに出た。彼女は徐々にスピードを上げながら、髪をなびかせバイクを走らせていた。道に人気はほとんどない。そのまま高速走行用の道へと入っていきさらに加速を続ける。かなりのスピードだ。スピードが乗ってくると同時に、烈風閃華は大きなエアインテークより積極的に風を吸収しながら電気駆動とは別の機関を発動させる。今まで目立たなかったバイクの核が淡い光を放ち始めた。
「順調みたいね。」
ナルミは計器類が示す数値を見て、自分の予測通りの動きに満足しているご様子。高速走行一直線。風を切り裂き突っ走る。

気持ちよく走っていたそのときに、バイクからメッセージが。
『後方より追尾確認。』
モニターにはランプを点滅させながら追いかけてくる車両が見えてきた。
「あちゃー、そりゃ来るよなぁ。」
サイレンを鳴らしながらその距離を少しずつ縮めている。完全に速度制限に違反していたのでしょうがないだろう。
『お〜い、そこの君〜!速度制限って知ってるかな〜?高速用道路といっても高速すぎるのはいけないぞー!』
スピーカーから警告してくる車もなかなかのスピードだ。大きなタイヤで爆音を轟かせながら迫ってくるというのはなかなかの威圧感である。
「このままではまずいなぁ追いつかれちゃう。んーじゃ、あれさっそく試してみますか。相棒っ!」
『開始します。』
言葉と手元の操作で動力を電気駆動から完全に切り離し、名も無き機関に全てをゆだねる。次の瞬間、ナルミと烈風閃華は風に包まれ今までとは全く異なった加速を始めた。風を切り裂いて走っていた時とは違い、風の抵抗がほとんどなくなっている。それでいて加速度は桁違いに上がっていた。まるで風そのものになっているかのように。
後方の車はあっという間に見えなくなっていった。
『とりあえず警告はしたからなー。どうなっても知らないぞ〜・・・』
その言葉はもう届かないほどに距離が離れてしまった。いいのか、これで?

バイクは高速のまま走り続ける。空気の層に包み込まれているような状態のため、これほどの速度にもかかわらずナルミは風圧を全く感じない。風で構成される小空間防壁フィールドといったところか。まるで風の鎧のようである。
「うん、完全に起動しているみたいね。このまま旅立ちますか。それじゃ烈風閃華、お願い。」
『了解しました。それでは、いきます。』
ナルミは両手両膝でバイクにしっかりと体を固定した。それを確認した烈風閃華はゆっくり空へと翔け上がる。浮き上がるように、自然に身を任せ、空とひとつになるように。烈風閃華の両側に生まれた翼が大空へとナルミを運んでいった。眼下に広がる街があっという間に小さくなってゆく。
「すごい・・・ホントに飛んでるよ。きっもちいいなぁ〜。」
ナルミが住んでいる街は遙か向こう、すでに視界に入らないほど遠くに来てしまっていた。遠くには海が広がっているのが分かる。
「この世界ともしばらくお別れね。お兄ちゃんは必ず私が連れ戻すんだから。あ、烈風閃華、ちょっと止めてちょうだい。」
ナルミはバイクを空中に静止させた。背中のバッグより赤い紐を取り出して、それを右手に持ち替え空中でさっと動かし五芒星を描く。手を離しても紐は空中で五芒星を形作ったまま固定されていた。今度はそれを両手で押し出すようにすると五芒星の影が前方にゆっくり移動し始め、そして扉が表れた。高さはどれほどあるのだろう。大きな円形の扉が空中に鎮座している。
「扉よ、お願い、開いてっ!」
両腕を左右に広げながら大きな声で叫ぶと、扉は音を立てることもなくゆっくりと左右へ開いていく。
「開いたね。あとは・・・」
紐をバッグに回収してハンドルをしっかりと握り直す。なんとなく気になって辺りを見渡すが自分以外には誰もいない。当たり前のことだが。烈風閃華に跨り空中に浮かんでいるナルミと前方には大きく開いている扉。他の第三者が観ていれば異様な光景に映るだろう。
「行こうか相棒っ!待ってなさいよ、お兄ちゃん!!」
アクセル全開。烈風閃華は翼を大きく広げ、ナルミと共に扉へ飛び込んだ。

ナルミが飛び込むと扉はゆっくりと閉まっていく。完全に閉まりきると扉は霞むように消えていき、最後には跡形もなく完全に消えてしまった。なにもない、普通の、普通の当たり前な青空が戻った。

 






 

扉の中は暗闇だった。
「えーと何にも見えないんだけど、どうしよっか。とりあえず出口が見えるまで進みましょ。」
ナルミはひたすら前に向かい飛び続ける。
何も見えない不安感からか、自然と飛行速度はグングン上がっていく。

 


 

雲ひとつ無い空。容赦ない日差しが辺りを照りつける。晴れ渡った天気は大地に陽炎を立たせていた。次第に弱い風が吹いてきて土埃を巻き上げる。辺りに見えるのは崩れた建物や燃え上がる木々の数々。荒野には不気味なほど静かな空気が漂っていた。そんな中、一人の男と巨大な何かが対峙していた。

「きさまには失望したぞ。もっと私を楽しませてくれると思っていたのだが、所詮はこの程度のものか。」
荒野にそびえ立つ巨大な生物。大きな体に大きな翼、長めの首、そして大きなしっぽ。いわゆるドラゴンがそこにいた。人語を操り、目線の先にいる男に向かって話しかける。ドラゴンは数多くの傷を負っており、片翼は黒焦げだ。そこにいる男との戦いのためなのだろうか。
「けっ!なに言ってやがる。これからだろうがよっ!!」
切っ先の欠けた剣を両手で構えドラゴンに向かって啖呵を切るが、男には剣を振り下ろす力は残っていなかった。身につけた防具もその役目を果たせないほどに壊れている。肩で息をしながら次の一手を考えるがこの状況で決定打は打てそうにない。それどころか立っているだけで精一杯だ。
「どうした早く来ないか。それとも、もうお終いか?」
ドラゴンは、男が自分にこれだけの傷を負わせたことに内心驚いてた。しかし男との戦いの中で人間の限界を見ると、なんとも言いしれぬ寂しさも感じていた。
圧倒的に分が悪い状況下の中、男はついに片膝を地面に付け、剣を地面に突き立て体を支える格好となってしまった。それでも目だけはドラゴンを正面から受け止めていた。
「もうよかろう、すぐに楽にしてやる。」
ドラゴンはこの戦いに終止符を打とうとゆっくり動き出す。一歩、また一歩と男に向かって進んでゆく。
「畜生、簡単にやられてたまるか。あっ!」
自分へ近づき、そのまま足を上げ踏み潰そうとするドラゴンを避けようとするが体が思ったように動かず、ついに倒れ込んでしまった。
「これは、ちょっと、まずいな・・・」
迫り来る巨大な足を見つつ、男は死を覚悟した。

 


 

どこへ向かっているともわからず、ひたすら前へ進み続けるナルミの目に光が見えてきた。
「あ、光・・・出口だ!」
ナルミはそこへ飛び込んだ。

 






 

「!」
眩しい光で思わず目を閉じる。
『前方に障害物あり。』
「えぇっ!?」

ズドン!

「ヴォ?!!!!!!!!!!」

「きゃ〜〜〜!!」
超音速で飛行していたナルミは何かに衝突した。激しい衝撃でバイクから振り落とされそうになる。普通ならそこで放り出されていてもおかしくないのだが、そうなることはなかった。烈風閃華の風の翼がしっかりと彼女を包み込んでいたからだ。

ズドドドドー・・・バタン

続けて大きなものが倒れていく音がした。それと同時にものすごい土煙が舞い上がる。
烈風閃華はバランスを崩しながらもなんとか地面に降り立つ。ナルミはもちろん無事である。続けて烈風閃華は身にまとっていた風を解く。すると周囲に小さな竜巻がいくつか起こり、それは程なく霧散していった。
「ここは、どこだろ。・・・んん?!」
土煙が晴れるにしたがい周囲の様子が分かってきた。分かった、というか見えた。視界いっぱいの巨大な固まり。
「きょ・・・恐竜!?というより、ええと・・・これ、ドラゴンってやつ?」
それはナルミの知る空想上の生物であるドラゴンの特徴とほとんど一致していた。不自然な点は、首と思われる部分がおかしな方向に折れ曲がっていること。しばらくじーっと見つめていたが、状況を把握するため周りに目を配りながらそれを調べることにした。いつまでもただ突っ立っているわけにもいかない。

「なんか、すごいことがあったのは確かなようね・・・」
ドラゴンを中心に周りを歩きながら調べてみると、まるで戦争でもあったのではと思わせるような状況が広がっていた。大きくえぐれた地面、根本からおれている大木、燃え上がっている木々。かつて建物であったと思われるものの崩れた姿。この辺一帯はどこも酷い有様であった。まともなものは、なにひとつ見あたらない。そのまま辺りを歩きながら、ドラゴンのちょうど反対側に回り込んだとき人影が見えた。
「!?」
そこには剣を手にしたまま俯せに横たわる男が一人。全身傷だらけで息が荒い。壊れた鎧兜を身にまとい、ボロボロのマントを羽織っている。近くには盾であったと思われるものが転がっていた。
「はぁ・・・はぁ・・・は・・ぁ・・」
果たして意識はあるのだろうか。近くに寄り声をかけてみることにした。
「ねぇ、ちょっと大丈夫?聞こえてる?」
「くっ・・・」
声に反応してなのか、男は起き上がろうとした。剣を支えとして、腕に力を入れてゆっくりと起き上がる。そのまま立ち上がろうとするが足に力が入らない。立つのは諦めその場に座り込んだ。
「・・・・・・・・・いったい何が起こったんだ?」
兜を脱ぎ捨てながらそう言う男は20代後半くらいだろうか。割れた鎧から見え隠れする筋骨隆々の鍛えられた体と、あちこちにできている傷ががその男の存在感を主張していた。顔には右頬のあたりから顎まで深い傷が出来ていた。見るからに痛そうな感じだが男はそんなことを気にもとめていない。状況が理解できない、自分は死ぬと思っていた。それなのに自分が生きていること、目の前にドラゴンが倒れていることが理解できずにいた。当然だ。あの状況から助かるなんてことはまずない。普通は踏みつぶされて死んでいる。
「あの・・・」
声をかけたナルミに男が振り向くとちょうど目が合った。固まる男。
「大丈夫?あの、もしもし?」
男は目を丸くしたまま微動だにしない。
「ええと、生きてる?」
やっと再起動した男の目には心配そうに見つめるナルミが映った。この状況下で現れたナルミが、男の目にはこの世のものとは思えないほど美しく輝いて見えた。
「女神様が助けてくれたのか?」
「へ?」
思わずナルミは間抜けな声を上げてしまった。
「そうとしか考えられん。俺は、あのときもうダメだと思った。そのとき・・・だ。とてつもなく大きな音がして・・・俺はそのとき死んだと思った。が、この通り生きている。な!あいつをやったのは女神様なんだろ、そうなんだろ。」
ナルミの手を握り熱く語る男にナルミは少し困ってしまった。男の手はかなりごつい、ナルミと比べるとよく分かる。
「いや、あの、確かにあれをやっちゃったのは私、みたいなんだけどね・・・」
周囲の状況から考えて、あの場所にぶつかりそうな大きなものはあれしかなかった。どう見ても他にはない。きっと扉の中から飛び出したときドラゴンに激突したのだ。そして、なんというか・・・うっかり倒してしまい、今の話からするとそれと同時にこの男を助けてしまったらしい。
それにしても女神とは。ナルミのどこをどう見たら女神になるのか。小柄で胸がぺたんこの彼女が女神に見えるとは。
「さすがは女神様だ、あのドラゴンを倒してしまうとは。これは町に戻ってみなに報告し、盛大に祝杯をあげねば!」
男はゆっくりと立ち上がる。まだ足がふらついてはいるが、今の流れで気力が戻ってきたようだ。
「ちょ、大丈夫なの?それに祝杯って?ちょっと、何がなにやら・・・」

 

男が遠くに見える建物のある方角へ連れて行きたいというのでナルミは考えた。ナルミは最初警戒していたが、男に下心や悪意が感じられないのでとりあえずついて行くことにした。万が一、何か起きたとしてもどうにか出来る自信もあったし。何よりここについてナルミは何も知らないしわからない。
「んー、わかりました。」
情報収集の意味でも町があるなら行ってみるのがいいと考えたのだ。
「そういえば自己紹介がまだだったな、俺の名前はカッドハスク。こんな状態だが、一応勇者なんだぜ。」
「私の名前はナルミ。ちなみに女神なんかじゃないわよ。普通の人間、女の子でしょどう見ても。そうだ、ちなみにここってどこなの?私初めてで、ここがどこだか知らないの。」
「この国か?『幻灯香』っていうんだ。ま、細かいことは町についてから話そうや。」
知らない国の名前だった。
「まぁ、そうね。後でゆっくり聞かせてもらいましょ。」
ナルミは烈風閃華を押しながら、男と共に町へ向かって歩き出した。


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